今回の来日に際し「年齢的に最後だ」「今後ポールを観ることはできないだろう」とあちこちで言われ、書かれていた。ステージを観る限り、そんな心配は不要だ。ポールの敬愛するチャック・ベリーだって80歳を越えてまだライブをこなしている。きっと10年経っても、ポールは同じようにステージに立っているだろう。むしろ、20曲2時間程度でステージを終わらせる若手ミュージシャンに言いたい。ポールは70歳を越えて40曲弱、3時間近いライブをやっていると。

曲目も圧巻だ。ビートルズ時代からウィングス、ソロ作品とヒット作、有名作、多くの記録を打ち立てた曲の数々をこれだけ披露できる人物は、他にはいない。

例えば「And I Love Her」のイントロで、全身に鳥肌が立つのを感じた。「Eight Days A Week」もそうだが、ビートルズの作品としてそれほど重要な曲だとは思っていなかった。数あるヒット曲の一つに過ぎない。しかし、イントロのギター音だけで、全身が反応してしまう。子供の頃からテレビで、ラジオで、あるいは街中で、ふと入った店の中で。ごく当たり前に流れていることがある。学校の先生が授業で流したこともある。教えてもらわなくても、いつしかそれがビートルズの曲だと知っていた。それを身体が覚えている。

チケットは応募者多数だったため、抽選になったが運よく手に入れることができた。一時はオークションで40万もの値がついた。例え100万の値が付いていても、売らずにライブを観るべきだ。ロックンロール創世記の1950年代に影響を受け、今に至るまでロックを続けてきた。ポールの歴史はロックの歴史だ。

2度のアンコールの後、ギターを片手に戻ってきたポールは「Yesterday」を弾き始める。客席は途端に静かになり、ステージに集中する。雑談一つする人がいなくなる。

ポールがビートルズのメンバーとして初来日をした時のエピソードがある。1966年当時は音響機材も弱く、また異常ともいえる人気のため、ビートルズのライブは常時観客の歓声がものすごく、メンバーは演奏している自分の音が聴こえない程だった。それにウンザリして、やがてビートルズはライブをしなくなってしまう。そんな頃の日本公演だったが、ポールのギターソロで「Yesterday」が始まると、歓声はピタリと止んで、皆静かに曲を聴き入っていた。ポールは日本人客のマナーに感動し、日本贔屓になった、というものだ。

長い間、この話は都市伝説の類だと思っていた。逆に捕鯨に反対しているポールは、日本嫌いだという話もある。

インターネットの時代になって、当時の日本公演の音源も聴けるようになった。他の曲を演奏している時に比べ、「Yesterday」の間は静かだ。それでも一部、ずっとキャーキャー言っている無作法な客の声は目立つ。

今回のライブでは、本当に静かだ。都市伝説などではなく、ポールも喜んでくれる客であったと思いたい。もっと言ってしまえば、ポールが親日だろうと反日だろうと構わない。真相がどうであろうと、こちらは一方的にポールが好きなのだ。それに応え、時々日本に来てはライブを演ってくれる。それだけで十分だ。

「モウ帰ル時間デス」そう言ってステージを降りようとするポールに、再度ベースが手渡される。おどけるポール。最後までそんな小ネタを挟みながら「Golden Slumbers」「Carry That Weight」「The End」という屈指のメドレーで締めくくる。

「マタ会イマショウ」ポールはそう言って三時間にも及ぶステージを終え、去って行った。楽しかった「Yesterday」は過ぎ去り「Another Day」が始まる。

常時日本語を使ってくれたポールに覚えて欲しくない日本語がある。ポールはまだ「衰え」という言葉を知らないだろう。

(戸次義継)