安倍首相が26日、靖国神社を参拝した。
福岡で取材していて出会った、中国女性の言葉を思い出す。小泉純一郎が参拝した後だった。
「人は死んだら皆仏になるという日本の宗教観も、私たちは知っています。だけど、お互いの文化の違いを踏まえて、首相だけは参拝しないでくれ、というのが暗黙の了解なんです。大臣や議員が参拝しても全然かまわない。暗黙の了解を踏みにじって、首相が参拝するから怒るんです」
彼女の親は、家に警備がつくほどの中国共産党の幹部だ。
彼女は上海で秘書をしていたが、ある時思い立って日本に来た。焼鳥屋で働きながら日本語を覚え福岡の大学に入学。卒業してアパレルの会社に入った。アパレル業界で中国語と日本語ができれば敵無しだ。店長として働いている。
根性もあり、クレバーな女性だ。怜悧な口ぶりで、語ってくれた。
靖国神社は、変わった神社だ。
明治からの近代国家の建設の過程の戦争で命を落とした者を祀っている。
そのため、明治政府に叛乱を起こして逆賊となった、西郷隆盛などは祀られていない。
日本にはいろいろな神社があるのだから、それはそれでいい。
鹿児島に行けば、西郷隆盛を祀る南洲神社があるのだから。
靖国神社というだけで拒否反応を示す者もいるが、一度行ってみるのも無駄ではない。
境内にある遊就館では様々な資料を見ることができる。太平洋戦争末期に使われた、人間魚雷「回天」も置かれている。説明するまでもなく、兵士が乗り込んで操縦し、敵艦にぶつかっていくものだ。兵士はそのまま命を落とす。
零戦は特攻にも使われたが、戦闘機である。回天は、特攻のためだけに作られた兵器だ。
これを眼にすれば、日本がどのような戦争を闘っていのか、肌身に染みて分かるだろう。
「靖国解体」といったスローガンを叫ぶ人々もいるようだが、靖国神社がそこにあることはかまわないし、むしろ意味のあることだ。
問題は、その変わった神社を、なぜ首相が参拝するかだ。
A級戦犯が合祀されているから、靖国神社は問題であり、別祀すべきだという意見も広く聞かれる。
だが首相は、A級戦犯が祀られているからこそ、参拝したかったのではないか。
一人一人の差はあるだろうが、戦争は国民が望んでいたものだった。
それを軍部が暴走したのであり、国民は被害者であるとし、指導者であったA級戦犯を処刑することで、戦後の日本は出発した。A級戦犯たちが犠牲になることで、国民を救ったと、首相は考えているのだろう。
最後には、自分が犠牲になるという覚悟を示すために、安倍首相は参拝したのだろうか。
だが、本当に覚悟を持っている者は、そんなことをあからさまにはしないものだ。
(深笛義也)