『ニュースの天才』というアメリカ映画(2003年)の本筋は、実在の人物が起こした事件に基づいた実話である。アメリカの有力誌『The New Republic』(ザ・ニュー・レパブリック誌)において1995年から1998年にかけての3年間、同誌の若手スター記者ステファン・グラスは、いくつもの面白い記事を同誌に提供し、売り上げに貢献したことで何度も表彰され、他誌からも記事執筆の依頼が来る売れっ子となった。
ところが、彼の記事は捏造であったことが発覚し、彼は同誌から解雇された。彼の記事は、そこに登場する人物や団体が架空の存在であったから、関係者から抗議が来なかった。だから、なかなかバレなかった。
しかし、記事が掲載される前に、編集部内での校閲がある。ここで誤字の訂正などとともに、内容に裏づけがあるかの確認もされる。そこでグラス記者は、記事内に出す架空の人物や団体のホームページを自作してインターネット上に掲載した。彼は過去に校閲部に所属していたことがあったため、校閲のさいは確認をとるためホームページと照らし合わせる作業をしていることを知っていたからだ。こうすることで、でっち上げた人物や団体が実在するかのように見せかけ欺いたのだった。
この手口を模倣したのか、同様の行為が日本でも見うけられる。ネット上での政治的な工作が、人を雇って行われていることは周知のとおりだが、そのなかでのことだ。例えば、ツィターには捏造臭いアカウントが目立つが、これに信憑性を持たせようとして、自己紹介のところへ、このような活動をしていると紹介するサイトへのリンクが貼られている。
しかし、そのリンク先のサイトを見ると、いかにも取って付けたような内容である。具体的には、「TPP反対」と前面に押し出し、そこへ農業をやっているなどと謳うサイトへのリンクが貼られているのだが、それはどう見ても他から持ってきたような写真だったり、作物をやけに接写していて出所が不明の写真だったり、という画像が羅列されている。そうした仕組みだ。そして、やっている当人の正体はまったく不明である。
このような怪しいアカウントは、にわか仕立てで、声高という調子で「TPP反対」あるいは「脱原発」と標榜し、そこでもっともらしいことを一応は書くのだが、同じようなアカウントがいくつもあり、内容は似通っていて、コメントされたり、よそへコメントしたりのさいの口調が、どれも変わらない。また、質問を受けると即座にブロックか、差別的な言葉で罵声が返ってくる、という反応も同じである。
そして、「TPP反対」「脱原発」に関して陰謀論を説いたうえで、なぜか逆に福島の被害者を貶めるデマを拡散してしまう。さらに、小沢一郎氏が金の問題で追及を受けたのは自民党と原子力業界に陥れられたと主張し、しかも、小沢一郎を支持しない者はみんな自民党と原子力業界の仲間か手先であり、だから共産党なども自民党や原子力業界の味方であるという、ここまできたら滑稽の域に入る奇妙な主張を展開している。この奇妙な話を、似たもの同士のアカウントが、互いにフォローしたりリツイートしたり、という関係を構築している。
これは、脱原発の人たちの多くが、小沢一郎支持であるかのように見せかけようとしていると考えることもできるし、あるいは、反自民が共産党支持へ向かわないようにしていると考えることもできる。かなり大規模に行われているから、1人や2人の個人ではまず不可能であり、雇われてやっている人たちがいるとしか思えない。
ただ、その内容は、手が込んでいるにしてはお粗末で、雇われている人がいるとしたら、やっつけ仕事という感覚なのだろう。
というわけで、今では手口がバレはじめて、そこから批判と笑いが起きているのだが、とにかく「TPP反対」「脱原発」と大書しているツィターのアカウントは、まず疑ってみたほうが良い。
そもそもネット世論というものが、いかに信用できないかということを、また新たに証明する現象が浮かんできた、ということである。
(井上 靜)