日本はこんなにも米国に見下されているのか――。外交問題に疎く、そもそもあまり関心がない筆者がしみじみそう実感させられる出来事が今から6年前にあった。2008年2月22日、あの「ロス疑惑」の三浦和義氏(当時60)がサイパンを旅行中、妻(=前妻。以下同)を殺害した容疑で米国捜査当局に逮捕された一件である。

三浦氏は雑貨の輸入会社を経営していた約30年前、米国ロサンゼルス(以下、ロス)で妻を保険金目的で殺害したなどの疑惑を連日、マスコミに大々的に報じられた。そして殺人などの容疑で逮捕、起訴されたが、一貫して無実を主張。妻を殺害した容疑では、第一審で無期懲役判決を受けたが、最終的に逆転無罪判決を勝ち取った。サイパンでの米国捜査当局による逮捕は、日本では無罪が確定したこの妻殺害の容疑を蒸し返したものだった。この時、三浦氏が受けたショックの大きさは計り知れないが、それと同時に米国の捜査当局が日本の司法など屁とも思っていないことが露呈した逮捕劇だった。

しかし、当時、日本では、米国の捜査当局に対して怒ったり、三浦氏に同情するような人はむしろ少数派だった。それもひとえに、クロと決めつけた報道の影響で三浦氏のことを「本当はクロ」と思い込んでいる人が世の中の多数派だからに他ならない。報道によって世間に悪人と思い込まれた人は、もはや人権など事実上認められていないわけである。

実際問題、三浦氏に起こされた名誉毀損訴訟でマスコミ各社は連戦連敗で、三浦氏をクロと決めつけた報道はほとんどが信頼しかねるものだったことが示されている。そもそも、報道の真っ黒なイメージとは裏腹に、三浦氏が妻を殺害したと示す証拠は絶望的に乏しかった。だからこそ、第一審・東京地裁も三浦氏を有罪と認定するために、「氏名不詳」の実行犯と共謀し、妻を殺害したという無茶苦茶なストーリーを作り出さなければならなかったのだ。

そして実を言うと、三浦氏には、決定的な無罪証拠も存在した。それは、三浦氏が妻と共に銃撃された現場の駐車場で働いていた男性による目撃証言だ。その男性は、真犯人や真犯人が乗っていた車を目撃しており、その証言は日本の検察官によって調書にまとめられていたのだが、検察官はそれを隠して三浦氏を起訴し、裁判でもずっと隠したままで三浦氏の有罪を立証していたのである。

生前の三浦氏と親しく、その裁判を取材していた元新聞記者はこう話す。
「三浦さんの控訴審では、その真犯人を目撃したという証人の調書を検察が10年以上も隠していたのが発覚し、流れが一気に逆転無罪判決へと傾いたんです。三浦さんについて、『疑わしきは罰せず』で出たグレーな無罪判決みたいに言う人は多いですが、実際は真っ白無罪というべき判決でした」

サイパンでの不当逮捕から約8ヶ月後、三浦氏は移送されたロスの留置場で首を吊って死んでいるのが見つかった。その死の真相についても、様々な憶測が飛び交ったが、改めて振り返ってみると、結局、ロス疑惑とは何だったのか。筆者は、あれはマスコミが作り上げた壮大な幻想だったのではないかと思っている。

(片岡健)

★写真は、和歌山カレー事件の林眞須美さんの支援に乗り出し、和歌山市駅前で林さんの裁判の不当性を訴えていた生前の三浦氏(2007年8月撮影)。