もしも被告人が取調べで自白に追い込まれていたら、一体どれほどデタラメな自白調書が出来上がっていただろうか――。被告人が一貫して無実を訴えている冤罪事件を取材していると、そんなふうに考えさせられることがある。
たとえば、先月(4月)21日に札幌地裁が再審請求を棄却した恵庭OL殺人事件も、そんなふうに考えさせられた冤罪事件の1つだ。
事件の発生は2000年3月。千歳市内の運送会社で働いていた24歳のOLが恵庭市郊外の農道脇で真っ黒焦げの焼死体で見つかり、職場の同僚だった大越美和子さんという女性(当時29)が殺人罪などで逮捕、起訴された。大越さんは一貫して無実を訴えたが、2006年9月、最高裁に上告を棄却されて懲役16年の判決が確定。犯行動機は、大越さんが交際していた職場の同僚男性をめぐる恋愛関係のもつれだったとされている。
この事件は裁判の第一審のころから冤罪を疑う声が多かったが、筆者も再審段階になって取材し、この事件を紛れもない冤罪だと思うようになった。ただ、大越さんには一見怪しく感じさせる事実がいくつかあるにはある。たとえば、事件前に被害者に繰り返し無言電話をかけていたり、事件前日にコンビニで灯油10リットルを購入していたりすることだ。そのため、この事件の事実関係に精通していながら、この事件が冤罪だと見抜けない人も残念ながら存在するようだ。
そういう人にぜひ一度試して欲しいことがある。それは、仮に大越さんが取調べで自白に追い込まれていたら、自白調書の内容はどんなふうになっただろうかと想像してみることだ。
まず、大越さんはなぜ、犯行が露呈するリスクを冒してまで、屋外で被害者の遺体を燃やさなければならなかったのか?
しかも、事件前日に灯油を購入してまで、計画的に被害者の遺体を燃やそうとした理由は一体何だったのか?
また、被害者とは顔見知りだった大越さんがなぜ、被害者に目隠しをしなければならなかったのか?
そして何より、大越さんが事件当日の夜に被害者と一緒に退社したのち、20キロ離れた現場まで一緒に車で赴き、この間に被害者を殺害し、遺体に火を放ったうえ、今度はそこから車で20分前後かかるガソリンスタンドまで赴くという行為のすべてをわずか「2時間以内」に終えなければならなかった理由は一体何なのか・・・。
大越さんが犯人だという前提で1つ1つの事実関係を見ていくと、こうした疑問が次々浮上するのだが、確定判決ではこれらの疑問はことごとく放置されている。一貫して無実を訴える被告人を有罪にする際には、裁判官たちは「犯人である被告人が本当のことを話さない以上、少々謎が残っても仕方ない」と言い訳できるからである。しかし実際問題、大越さんがこれらの疑問をすべて解消できるような自白をすることが現実的に可能だろうか? 筆者は間違いなく無理だと思う。仮に大越さんが取調べで自白に追い込まれていたら、辻褄の合わないところが続出するデタラメな自白調書が出来上がっていたはずだ。先日、再審開始決定が出た袴田巌さんの45通の自白調書のように。
大越さんは通常の裁判で3回、再審請求審で1回の計4回、裁判所から有罪と判断されている。だが、現在は札幌高裁に即時抗告中で、まだ再審無罪を諦めたわけではない。即時抗告審を担当する裁判官にはぜひ一度、想像してみて欲しい。仮に大越さんが取調べで自白に追い込まれていたら、自白調書はどんな内容になったろうか、と。そうすれば、あなたたちもこの事件が冤罪であることに気づけるはずだ。
(片岡健)
★写真は、大越さんの再審請求即時抗告審が係属する札幌高裁。