2012年9月に自宅近くの銀行で他の客が記帳台に置き忘れた封筒の中の現金6万6600円を盗んだとして窃盗罪に問われ、一貫して無実を訴えながら昨年11月に広島地裁で懲役1年(執行猶予3年)の有罪判決を受けた広島の放送局・中国放送の元アナウンサー・煙石博さん(67)の控訴審初公判が5月27日、広島高裁で開かれた。
あらかじめ結論から言っておくが、この事件はまぎれもない冤罪事件である。詳しくは当欄の12月6日付けの記事「広島の元アナウンサー窃盗事件で冤罪判決」を参照して頂きたいが、第一審では検察官からめぼしい有罪証拠は何一つ示されず、むしろ煙石さんが現金を盗んだことを否定する数々の事実が明らかになっていた。あまたある冤罪事件の中でも、本来は冤罪であることが見抜きやすい部類の事件と言ってよく、そういう意味では日本の刑事裁判官のひどさをよく示している事件とも言える。
ただ、この日あった控訴審の初公判は、逆転無罪に向けて希望を抱かせるスタートとなった。最大の希望は、弁護側が逆転無罪の切り札として用意した「防犯カメラ映像を解析した鑑定書」を作成した鑑定人の証人尋問が認められたことである。
というのも、第一審判決によると、銀行の防犯カメラの映像には、煙石さんが記帳台の上にあった「白い物体」を手でつかむなどした場面が映っているとされ、これがお金の入った封筒を手にした場面だったかのように認定された。しかし実際には、第一審の公判中に法廷で再生されたこの映像は不鮮明で、煙石さんが問題の記帳台に近づいた場面こそ確認できるものの、「白い物体」を手にした場面が本当にあったかは甚だ疑わしかった。
そこで弁護側が第一審終了後、法科学鑑定研究所に映像の解析を依頼したところ、被害者とされる女性が記帳台に置き忘れた封筒に、煙石さんが手を触れていないことが判明したという。広島高裁は鑑定人の証人尋問を行ったうえで鑑定書を証拠採用するか否かを決める見通しだが、採用されたら逆転無罪判決への希望がさらに膨らんでくる。
もちろん、被告人をハナからクロと決めつけ、なんでもかんでも有罪にしてしまう裁判官は珍しくないので、決して楽観はできない。しかし、この控訴審を担当する高麗邦彦裁判長は煙石さんのことを「被告人」ではなく、「煙石さん」と呼ぶなど、わりとまともそうな裁判官に見えた。実際問題、裁判官の善し悪しを見分けるのはとても難しいが、少なくとも、弁護人が弁論要旨を朗読中にあくびを噛み殺していた第一審の三芳純平裁判官よりは良い裁判官に恵まれたと言えるかもしれない。
第一審のころから毎回多数傍聴に来ていた煙石さんの友人、知人が控訴後、正式な支援団体「煙石博さんの無罪を勝ちとる会」を結成し、支援体制も万全。この日は25席の一般傍聴席を求め、83人が抽選に参加したが、その大部分は煙石さんの支援者で、法廷は被告人のホームグラウンド状態になっていた。それも逆転無罪への追い風になりこそすれ、マイナスにはならないだろう。
今後も無事傍聴できたら、当欄で審理の内容をレポートしたい。
(片岡健)
★写真は、公判後に会見して無実を訴えた煙石さん(左)、裁判のポイントなどを解説した久保豊年主任弁護士(中)と北村明彦弁護士。