知人が、引っ越しした。やってきた請負人に言われて、あっさりとNHKの契約をしてしまったという。請負人との会話は、またとないネゴシエーション能力の鍛錬の場であって、おおいにエンジョイすべきものなのに。
NHKが受信料を徴収できる法的根拠は、放送法第64条の1の「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」である。
NHKの番組を見なくても、テレビを持っているだけでNHKと契約し受信料を払わなければならない。これだけ考えてもおかしな話だろう。
放送法ができたのは、昭和25年。テレビの放映が始まったのは、NHK、民放ともに昭和28年。銭湯の入浴料が15円程度であった当時で、テレビは20万?30万円と高価だった。繁華街や主要駅などに設置された街頭テレビや、喫茶店、そば屋などに設置されたテレビ、近隣の金持ちの家などでテレビを見るのが、一般的だった。
民放はまだNTVの一局しかなく、テレビがあればNHKを見るというのは自然で、受信料を徴収するのは合理的であった。
しかし今、民放が増え、ケーブルテレビなどでも様々な番組がある。またDVDで、世界中の過去の名作から現在のマニアックな作品まで、ありとあらゆる映像が見られるのだ。テレビがあったとしても、NHKを見るとは限らない。
こちらが頼んだわけでもないのに勝手に電波を出しておいて、受信料を徴収するというのは、押し売りに等しい。
時代錯誤の放送法は改正すべきなのだが、実は昨年、逆の方向へと改正され、7月1日から施行されている。以前は、テレビなどを廃止した上で、届け出れば解約は完了した。だが改正後では、届け出た内容をNHKが事実確認できたときに解約する、となった。解約ができにくくなっているのだ。
一方でNHKは、2008年から、NHKの5つのチャンネル(総合、教育、BSハイビジョン、BS1、BS2)が過去に放送した番組をインターネットで有料配信する、オンデマンドサービスを始めた。受信料をあまねく徴収するという建前から行けば、一旦放映された画像は公共物なのであるから、さらに有料配信するのは2重取りといってもいいだろう。
そもそもNHKは受信料をとる理由として、「いつでも、どこでも、誰にでも、確かな情報や豊かな文化を分け隔てなく伝える」という目的達成のため、特定の勢力や団体に左右されない独立性を担保するためと、説明している。
昨年、東日本大震災発生の翌日のNHKの正午のニュースは、「今の原稿、使っちゃいけないんだって」と題され、ユーチューブで今でも音声が聞ける。
アナウンサーの声。「そして原子力発電所に関する情報です。原子力安全保安院などによりますと、福島第一原子力発電所1号機では、原子炉を冷やす水の高さが下がり、午前11時20分現在で核燃料棒を束ねた燃料集合体が、水面の上最大で90センチほど露出する危険な状態になったということです。このため、消火用に貯めていた水など、およそ2万7000リットルを仮設のポンプを使うなどして、原子炉の中に流し込み、水の高さを上げるための作業を行っているということです。この情報繰り返します」
そして、しばらく無音が続き、「ちょっとね、今の原稿使っちゃいけないんだって」というささやき声が入る。
再びアナウンサーの声。「改めて原発に関する情報です。福島県にある福島第一原子力発電所の1号機では、原子炉が入った格納容器の圧力が高まっているため、東京電力が、容器内の空気を外部に放出する作業を始めましたが、格納容器のすぐ近くにある弁を開く現場の放射線が強いことから、作業をいったん中断し、今後の対応を検討しています」
事実を伝える情報を、使っちゃいけない原稿とするNHK。どこが「確かな情報や豊かな文化を分け隔てなく伝える」だろうか。
NHKの受信料を払えない訳は、山ほどあるのだ。
(FY)