カンボジアに住む気もなく、クメール語を覚えるつもりもなく、カンボジア国籍を取得。ロンドン五輪にマラソン選手として出場する、猫ひろし。出場権は金で買ったとも噂されている。国際陸上競技連盟が疑問視し、カンボジア陸連などに説明を求めているとかで、五輪出場が認められない可能性も出てきたようだ。そうだとしたら、とても残念だ。

猫ひろしには、ささやかな思い出がある。
私の趣味の一つが、ディジュリドゥを吹くことだ。
ディジュリドゥというのは、オーストラリアの先住民アボリジニの楽器。白アリが食べて中が空洞になったユーカリを刈ってきて、ただ乾かしただけというシンプルな楽器で、世界最古の管楽器だったのではないかと言われている。
メロディを奏でることはできないが、唇の震わせ方を変えたり、喉を共鳴させることによって、様々な音が出る。

なんとか聴かせられるレベルになったので、人前で吹いてみたくなった。
新宿のトークライブハウス「ロフトプラスワン」でやっている、ゴングショーに出演することにした。
テレビのバラエティでやっているゴングショーと同じで、審査員が「見る価値なし」と思ったらゴングを鳴らすという形式だ。

私が見た時の「ロフトプラスワン」でのゴングショーでは、ポエトリーリーディングあり、寸劇ありと、なんでもありだったので、楽器の演奏でもいいだろうと思った。
だが当日行ってみると、楽屋はお笑い芸人志望の人たちばかりだった。

4人の審査員のうちの1人が、猫ひろしだった。
出し物はお笑いの連続で、ディジュリドゥの演奏は浮いていた。観客は最初、どう反応していいか分からない様子だった。
様々な音を組み合わせてリズムを繰り出していくと、しだいに観客は乗ってきて、手拍子が広がっていく。

カーン、とゴングが鳴った。
なぜ皆乗っているのにゴングが? と思ったが、ゴングが鳴った後に続けると失格なので、演奏を止めた。

「猫さん、なんで鳴らすんですか?」と司会者が言った。
「いや、乗ってきたので、リズムを……」と、猫ひろし。
ゴングでリズムを取ろうとしたらしい。
猫からは「ごめんなさい」の一言もない。
エンディングを決めることができず私は不満だったが、ちょっとした腕試しだったので、別に文句は言わなかった。
たかが、場末のトークライブハウスでのゴングショーだからと、猫ひろしも思っていたのだろう。

国籍まで変えて、オリンピックをギャグにしてしまう。
たかがオリンピックなのだから、それでいいんじゃないか。
子供の頃から苦労して悪環境の中で走り続けてきたカンボジアの選手から、すぐれた環境でトレーニングできる日本の芸人が出場権を奪ってしまう。それも金を媒介にして。
それは、オリンピックというものの本質を突いた、壮大なギャグだ。
どんなに罵られても、やりきってほしい。

(FY)