開港阻止闘争から40年目の成田(三里塚)空港〈7〉二期凍結をめぐる政治戦

出直し開港の5月20日(1978年)を前に、戸村一作委員長が福永運輸大臣と会談したことで、財界首脳の休戦協定案は棚ざらしにされた。そしてそのまま、事実上の消失だった。政府運輸省は、戸村委員長と「対話」したことで、誠意を尽くした格好を得たのである。

◆清廉な政治と裏の政治

閣僚や自民党有力者(中曾根康弘ほか)は「機関銃で過激派を掃討しろ」とか、暴力には暴力で応じるとばかりに気色ばんでいたが、冷静だったのは千葉県自民党だったということになる。その意味で、財界との合意(休戦協定案)が反故になる政府との「対話」に応じた戸村委員長は、裏の政治がわかっていなかった。いや、空港絶対反対という原則をつらぬく清廉な政治が、反対運動の力の源泉だったのだから、裏の政治がわからないのは仕方がない。誰もが納得できる、闘争の原点でもある原則なのだから。やがてその原則は、時間の推移とともに、いわゆる「脱落」や「条件派」への転向が相次ぎ、反対同盟の組織の脆さを浮き彫りにしてゆく。

そもそも空港建設反対は農民の営農と生活を否定するものに対する闘争だったのだから、営農と生活の原点から考えれば、空港が開港した以上、単なる反対闘争だけで良かったのかどうか。この時期から農作物の共同出荷や有機農業など、新しい農業のあり方が検討されるいっぽう、農業を十分にやっていけない個別の農民への視座がもとめられたのだ。さもなければ、高額の移転費用と代替え地に屈するよりない。

三里塚関連年表(1977年~1979年)

80年前後には、空港反対運動を騒音に対する条件闘争とする代わりに、二期工事の凍結という担保が反対同盟内部で語られていた。まだ反対同盟内には絶対反対派もいたが、それは建前にすぎなかったはずだ。なぜならば、最大党派の中核派に「信頼」されていた北原鉱治事務局長においてすら、政府要人との密会の場を活写されている(本人は合成写真だとして、密会の事実を否定)。

政府要人と反対同盟幹部の密会を斡旋したのは、旧ブント系のグループ(旧情況派幹部)だった。のちにわたしは、稲川会二代目・石井進(稼業名は石井隆匡)の遺族を取材することで、石井の北祥産業ビルが交渉の舞台になっていたことを知る。竹下政権時代の裏総理こと石井進が交渉を斡旋したのは、80年代なかばのことである。

◆反対同盟の内部分裂と空港公団による執拗な切り崩し

83年には、反対同盟は大地共有化をめぐって、内部分裂の危機に至る。土地の共有化は強制執行の手続きを煩雑にし、闘争資金を獲得すると同時に空港反対闘争を全国化する狙いがあった。これに対して、土地を売り渡す運動ではないかという疑問が農民の中に生まれる。

中核派が大地共有化に反対したこと(一説には革マル派との内ゲバ戦争のなかで、住所を特定される共有化に参加できないからだとされている)もあって、反対同盟は混乱した。混乱に拍車をかけたのは、やはり中核派の青年行動隊に対する批判だった。批判をこえて、政治的な統制にまでおよんだ時、青年行動隊のほうから「もう、おれらはキモいった」(おれたちは腹を立てた)と、決別宣言がなされた。北原派と熱田派への分裂である。支援党派も連帯する会(廃港宣言の会・第四インターなど)と中核派などに分裂した。中核派が第四インターの活動家を襲撃するなど、深刻な事態も起きた。そしてなおも、空港公団による反対同盟の切り崩しは執拗だった。

三里塚関連年表(1979年~1983年)

◆1985年10.20闘争の意味

その80年代のなかばに、3.26の再版をねらった大闘争が準備された。3.26では第四インターの後塵を拝し、横堀要塞鉄塔に4人を上げることしかできなかった中核派、および社青同解放派(主流派)、共産同戦旗派(反主流派)が三里塚交差点で機動隊と大規模な衝突をしたのだ。85年10月20日のことである。別動隊(解放派)が消防車を装って空港内に進入し、3.26管制塔破壊の再版を実現しようとしたが、空港機能を停止できなかったという点で、作戦は最終的には失敗だった。中核派は67年10.8闘争の再現として位置付けていたが、内ゲバで血塗られた左翼運動が再生するわけはなかった。

とはいえ、この85年10.20闘争は大きな意味を持っている。空港絶対反対の旗を降ろし、条件派に転じかけていた反対同盟青年行動隊(当時は中年世代)が、この大闘争を見学し、帰趨を見つめていたのである。つまり、この先も実力闘争で行けるのか、それともやはり条件闘争で収拾をはかるべきなのか、である。ある意味で、大衆的実力闘争の限界を指し示すものだった。ぎゃくに11月に行われた、中核派による多発ゲリラ(国電ケーブル切断)の有効性がしめされたのである(この日は大半のサラリーマンが臨時休日だった)。

そしてこれ以降、成田治安立法(78年施行)にもとづく団結小屋の撤去が相次いだ。徹底抗戦でいくつかの団結小屋・要塞化した拠点が撤去されたが、そのなかで熱田派反対同盟の幹部は「闘いには敬意を表するが、空港を壊すわけでもなく、徹底抗戦は玉砕ではないか。玉砕した兵隊から『こう戦えば勝てる』と言われても同調できるわけではない」と語ったものだ。まさに正論であって、新左翼の革命的敗北主義は実際の戦争(日中戦争)を体験している幹部にとって、容れられるものではなかった。こうして、反対闘争は目的をどこに据えるのか、混迷を深めていく。(つづく)

三里塚関連年表(1983年~1986年)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
著述業、雑誌編集者。3月横堀要塞戦元被告。

最新『紙の爆弾』6月号安倍晋三“6月解散”の目論見/創価学会・公明党がにらむ“安倍後”/ビートたけし独立騒動 すり替えられた“本筋”
〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか 『NO NUKES voice』15号

戦後から未来まで考えさせられた『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』

© チームオクヤマ/太秦

以下は、ドキュメンタリー映画『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』を観た直後に書き留めたメモである。

● わたしは運動を始めてから、「戦後からやり直したい、否、明治からやり直したい。でも、戦後からすらやり直せない」と幾度も考えてきた。

● 最近の政治をみても経済をみても、不正が横行していることをたどっていくと、そこには戦争責任をとっていない敗戦国、戦勝国と互いに利用し合う社会の当然の帰結がみてとれるように思う。

● 長らく、「善悪なんてくそ食らえ」「都合によって揺れ、利用するためのものが善悪・倫理だ」と考えてきた。しかしわたしたちは、責任をとらずにいつづけるために、善悪・倫理を捨ててしまったのではないかと本作を観て改めて感じた。

● 日本で暮らす人は元社長・菊川氏を否定しない。それでよいのか、と。秘密を隠すことにより、人の素朴さだったり日常の積み重ねのなかに小さな喜びをみいだすような(というのは偏見かもしれないが)人生を阻害する。そこには資本主義が内包する問題もあり、この社会の問題もあるだろう。外からもたされる権力や「責任」もあるかもしれない。だが、人として生きるとき。

●「サムライ」とは、信じる方へと向かって抵抗することができる人のことなのだろう。いっぽう「愚か者」とは、自らの選択や行動の目的・結果すら考えない人のことではないだろうか。

咄嗟にそう書き留めておきたいと思わせた『サムライと愚か者』とは、どのような作品だったかを、ご紹介する。

◆ オリンパスの損失隠蔽

光学機器・電子機器メーカー「オリンパス」は、1919年に高千穂製作所として創業。49年にオリンパス光学工業株式会社に、2003年にオリンパス株式会社へと社名を変更した。資本金1,245億円(2017年3月31日現在)、連結(グループ全体の)売上高7,481億円(2017年3月期)、連結従業員数 34,687人(2017年3月31日現在)。ただし、2007年に上梓の行動を内部通報した社員に対して報復的な内部転換をおこない(後に和解)、2011年には月刊誌『FACTA』のスクープとイギリス人社長マイケル・ウッドフォード氏の不当解雇をきっかけに、オリンパスが巨額の損失を隠蔽し、企業買収において不透明な取引と会計処理を行なっていたことが発覚した。

本作では、この2011年に報じられた損失計上先送りとその隠蔽の問題を取り上げている。山本兵衛監督は、ウッドフォード氏、ジャーナリストの山口義正氏、『FACTA』編集長の阿部重夫氏、イギリスの日刊経済紙『フィナンシャル・タイムズ』記者のジョナサン・ソーブル氏、ウッドフォード氏を支援する和空 ミラー氏に取材。不正の実態を白日の下に晒す。『サムライと愚か者』とは、ウッドフォード氏の言葉からつけられたタイトルだ。

そして冒頭のメモに戻らせていただく。戦後からすらやり直せないわたしたちが、「民主主義の責任」を果たし、権力を監視して「素朴な人生」を害するものの「責任」を追及する。自らの選択や行動の目的・結果を考えつづけながら、信じる方へと向かい、「力」に抵抗する。そのためにまずは、真実を知ることだ。そして、それを知ったらできる行動があるはずだ。ならばつまり、本作を観て、隣の人にその話をする。そこから始めることだってできるわけだ。できれば今よりも勇気のような何かを発揮できるとよいのかもしれない。ウッドフォード氏のように。当事者だからこそかもしれないが。怒りを手放す必要はないのだ。

© チームオクヤマ/太秦
 
5月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。作品のキャッチコピー「隠蔽、欺瞞、嘘、忖度…そして真実は闇に葬られた」にちなみ、“黒忖度まんじゅう”を初日プレゼントとのこと(限定100個、先着順)

◆ 組織とは、どのような存在か

いっぽう山本監督は、「事実を犠牲にしてまでも忠実に会社に尽くした役員達。違法であると薄々知りながら会社のために不正会計処理を実行した社員達。そして三代に渡って秘密を抱え続けながら、なんとか解消しようとあらゆる手を尽くした元社長達。彼らが会社を護るために忠実に尽くした<サムライ>であることには間違いなかった。上場企業であるにも関わらず君主制度が敷かれている組織。その中で育まれた盲目的な忠誠心。それは次第に、彼らの倫理観、モラル、良心を蝕んでいった。しかし組織に属する限り、彼らは護られ続けた。だからこそ20年以上に渡り不正を隠蔽し続けることが可能だった」とコメントしている。

だからわたしは組織とは「そりが合わず」、基本的に嫌いだと公言している。組織を守ることを優先することは、常に個人を犠牲にする。それは社会運動にもいえる。しかし、団結・連帯によってなしうることがあることも知っている。だが、常に権力に楯突けない。ちっぽけなもの含め利権と感じるものを得た人のほとんどは、それを手放したがらないからだ。自戒もこめるけれど。そんなとき、組織とそりが合わない、常に権力を意識するというのは、苦労することも多いが、よいことだと思いたい。組織嫌いが集まり、緩やかにつながって、周囲を変えていく。そんな可能性を今後も「日常から」追求したいものである。


◎[参考動画]ドキュメンタリー映画『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』予告編

『サムライと愚か者 オリンパス事件の全貌』
5月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
*作品のキャッチコピー「隠蔽、欺瞞、嘘、忖度…そして真実は闇に葬られた」にちなみ、“黒忖度まんじゅう”を初日プレゼントとのこと(限定100個、先着順)。

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文/写真]
1972年生まれ。フリーライター、エディター。労働運動等アクティビスト。『紙の爆弾』『NO NUKES voice』『現代用語の基礎知識』『週刊金曜日』『neoneo』『情況』『救援』『現代の理論』『教育と文化』ほかに寄稿・執筆。

7日発売!タブーなき月刊『紙の爆弾』6月号【特集】「安倍退陣」と「その後」/安倍晋三“6月解散”の目論見/政権交代を目指す「市民革命」への基本戦術/創価学会・公明党がにらむ“安倍後”/ビートたけし独立騒動 すり替えられた“本筋”

TBS記者、財務次官、TOKIO …… 性犯罪に関する有罪バイアスの凄まじさ

犯罪の疑惑をマスコミに報じられた人物について、世間の多くの人がクロと決めつけて批判するのは毎度のことだ。それにしても、性犯罪の疑惑の場合、世間の人々が抱く有罪バイアスは他の犯罪よりはるかに凄まじい印象だ。

昨年来、各界の著名な男性たちが性犯罪や性的な不祥事の疑惑を報じられ、社会的に抹殺されていく光景を見ながら、私はそう思わざるを得なかった。具体的には、元TBS記者・山口敬之氏のレイプ疑惑、財務省事務次官・福田淳一氏のセクハラ疑惑、タレント・山口達也氏の強制わいせつ疑惑に関する世間の反応のことを言っている。順に振り返ってみよう。

◆取材の基本を怠った人たちにクロと決めつけられた山口敬之氏

伊藤詩織氏の著書『Black Box』

まず、元TBS記者・山口敬之氏のケース。昨年5月、週刊新潮でジャーナリストの伊藤詩織氏へのレイプ疑惑を報じられ、さらに伊藤氏が実名・顔出しで山口敬之氏からレイプされたと告発したことなどから、山口敬之氏は「レイプ魔」と決めつけた人々からの大バッシングにさらされた。

しかし、当欄の3月1日付け記事で報告した通り、伊藤氏が山口敬之氏を相手取って東京地裁に起こした民事訴訟について、その記録を「取材目的」で閲覧していた者は今年1月の段階でわずか3人だった。山口敬之氏本人はレイプ疑惑を否定しており、起訴もされていないため、当事者双方の主張内容や事実関係を確認するために民事訴訟の記録を閲覧するというのは取材の基本だが、それを行った取材者が3人しかいなかったということだ。

それにも関わらず、山口敬之氏をクロと決めつけた報道が大量になされ、報道を鵜呑みにした人たちが山口敬之氏をクロと決めつけて批判しているわけである。これは恐ろしいことだと思う。

◆福田氏の発言が事実でもセクハラとは断定できない

続いて、財務省事務次官の福田淳一氏のケース。福田氏がテレビ朝日の女性記者に「胸触っていい?」とか「手縛っていい?」などのセクハラ発言をした疑惑については、そのような発言があったことまでは間違いないようだ。最初に報じた週刊新潮が音声データをインターネットで公開しているからだ。そのため、疑惑を否定している福田氏は、往生際悪く言い逃れをしているだけのように見られ、いっそう厳しい批判にさらされている。

しかし実際問題、男性が女性に対して性的発言をすること自体は、セクハラにはあたらない。それがどれほど卑猥な内容の発言だったとしても、男性と女性の関係性やその発言がなされた経緯によっては必ずしも問題があるとは言い切れないからだ。

つまり、福田氏のセクハラ発言疑惑をクロと断定するには、本来、被害者とされる女性記者との関係性や、問題とされる発言に至った経緯などが十分に検証されなければいけない。しかし、今のところ、信頼に足る検証結果が示されたとは言い難い。

◎[参考動画]“胸触っていい?”「財務省トップ」のセクハラ音声(デイリー新潮 2018年4月12日公開)

◆電話番号を聞いたのは山口達也氏?

そして最後に、女子高生に無理矢理キスをした疑惑が持ち上がった山口達也氏のケース。山口達也氏の場合、疑われているようなことをしたこと自体は本人も認めている点が前2者と異なる。しかし、根拠のない憶測により実際より悪質な事案であるように言われている可能性がないわけでもない。

私がそれを感じたのは、タレント・松本人志氏がテレビで次のような発言をしたという報道を見た時だった。

「高校生に電話番号、聞かないって。連絡先を聞いたときは少なくとも酔ってなかったと思うんでね、だからやっぱり、おかしいんですよ」(MusicVoice4月29日配信記事より)

山口達也氏は事件を起こした時に酔っており、電話で被害者とされる女子高生を呼び出したとされるが、電話番号を聞いたのが山口達也氏だったと松本氏はなぜ、わかったのだろうか。おそらく松本氏は、女子高生のほうが山口達也氏に電話番号を聞いていた可能性を考えていないのだ。


◎[参考動画]【TOKIO 山口達也】緊急記者会見(パパラッチ2018年4月26日公開)

◆「被害者」の主張に異論を述べることは許さないという雰囲気

とまあ、このように性犯罪や性的な不祥事を起こした人物については、世間の人々が抱く有罪バイアスは強力だが、もう1つ怖いことがある。それは、性犯罪や性的な不祥事に関しては、「被害」を訴える女性の主張に異論を述べることを許さないような雰囲気が出来上がりやすいことだ。

実際、この記事を読み、私が伊藤詩織氏やテレビ朝日の女性記者、女子高生らを貶めたように受け取り、不快感を覚えた人もいるのではないだろうか。

もしも不快感を覚えた人がいるとすれば、執筆者として申し訳なく思う。しかし、私は同様のことを今後も言い続けるだろう。なぜなら、「被害」を訴える人の言うことを鵜呑みにしたり、事実関係の検証をおざなりにすることは、冤罪防止の観点から絶対にやってはいけないことだからだ。

この記事を読んだ人の全員がそのことを理解してくれるとは思わないが、少しでも多くの人が理解してくれたらありがたく思う。

▼片岡健(かたおか・けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

7日発売!タブーなき『紙の爆弾』6月号 安倍晋三“6月解散”の目論見/政権交代を目指す「市民革命」への基本戦術/創価学会・公明党がにらむ“安倍後”
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

政権主導の改憲議論は憲法違反 いまこそ「護憲ファンダメンタリズム」を!

朝鮮半島の和平に向けた動きに、まったく関与できなかった安倍首相は、4月29日文在寅韓国大統領と電話会談し、「日本が朝鮮と交渉する際には助けをお願いするかもしれない」と情けない陳情をした。

なに言ってるんだ! 近隣の朝鮮と交渉するのに、どうして韓国助けが要るのだ! 小泉純一郎は自分で訪朝したじゃないか。安倍の無能ぶりは、情けなく、恥ずかしい。海外の報道でも、当然だが大いに馬鹿にされ「蚊帳の外」と呆れられている。虐めるときだけは「制裁!制裁!」と、過剰に騒ぎ立てるくせに、韓国、米国が直接対話に舵を切ると、あたふたするばかり。日頃軽視している韓国に「助けて」と泣きつく安倍のザマは、右派の人びとにとっても腹立たしい姿ではないのか。

◆国民の権利の制限と国家支配の強化を目指す憲法改正は「時代の要請」なのか?

安倍政権の本質は第二次安倍政権発足時に、安倍が明言した通り「改憲」を目指すことを、重要な到達目標に置く政権であり、現実に「解釈改憲」を強行した政権である。安倍の志向する「改憲」は、日本国憲法を大日本帝国憲法に近い形へ作り変えようとの意思に依拠しており(自民党が示した「改憲案」参照)、単純化すれば、国民の権利の制限と国家支配の強化を目指している。「時代の要請にこたえる憲法」などと安倍は繰り返したが、果たしてそれは事実であろうか。

時代は、世界は日本の憲法にどのような役割を期待しているのだろうか。ここで注意しなければならないのは「時代」とは曖昧模糊とした雰囲気や気分ではなく、「現在」の主権者たる日本国国民であることと、「世界」とは近くは東アジアではあるが、中近東、アフリカ、欧州などを含めた全世界であることだ。

◆政府・マスコミあげての「北朝鮮・中国の脅威」という軍拡改憲プロパガンダ

日本国民は今年のはじめまで、「朝鮮」に脅され続けていたのではなかったか? 全国各地で行われる「ミサイル飛来に対する避難訓練」、「Jアラート」の過剰な宣伝、明日にでも朝鮮からミサイルが飛来するかのような政府・マスコミあげてのプロパガンダに、大方の世論も「北朝鮮の脅威」論に傾きつつあった。しかし、金正恩が板門店を一人きりで歩いてくる姿、そして国境を越えて文大統領と握手をし、1日をかけて会談し「板門店宣言」が合意された事実を、われわれは目にした。

これまで「北朝鮮の脅威」を主たる根拠として展開されてきた、日本の軍備増強路線は根拠を失うことになる。「いやむしろ軍事大国中国の方が危険だ」と、またしても標的を変えて軍備増強主義者は論難するかもしれないが、日中は「戦略的互恵関係」を2006年10月、ほかでもない、第一次安倍政権の初外遊で中国を訪問した安倍晋首相自身と中国の胡錦濤国家主席の間で確認しあっている。この文書は現在も死文化してはいない。

憲法前文は「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」とある。つまり現憲法が十全にその精神と法体系を確立し、行政が運営されても、「国民が福利を享受できない」状態に陥った場合に「改憲」は国民から、発議されるべきものである。あくまでも国民が憲法の不十分さを認識したときに「改憲」は論じられるものであるのだ。

◆「改憲」策動に総理大臣が血道をあげる行為自体が憲法99条違反である

この点は長年勘違いされてきている。現役の総理大臣や国務大臣、そしてすべての公務員は憲法を尊重し、擁護しなければならない「義務」を課されている。日本国憲法第99条で 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と明確に述べられている。

つまり、憲法尊重・擁護義務を課されながら「改憲」策動に総理大臣が血道をあげる行為自体が「憲法違反」なのであり、今日の日本は憲法が十全に機能している社会とは到底言い難いことを注視すべきだろう。

だから「改憲」を論ずるのであれば、まず現日本国憲法を正当かつ、真っ当に体現した社会を実現し、そのうえで「国民が福利を享受できるか」否かを議論の中心に据えねばならない。その前提に立てば、現在の「改憲」論議はいずれもその最低条件を満たすものではない。首相が提唱する「改憲」議論それ自体がとんでもない違憲であり、完全に無効である。

◆「これ以上悪い憲法を作らせない」意思を明確にするしか現実的な選択肢はない

さて、憲法記念日のきょう、まずはほとんどその問題点が論じられることはないけれども、憲法99条に照らせば、現在の政権が画策する改憲議論が基本的に「憲法違反」であることを再度確認し、憲法についての私見を開示したい。

私は現憲法が到達しうる最高形態であるとは考えない。「平和主義」、「国民主権」、「基本的人権の尊重」は妥当な理念であるが、憲法前文はその後に連なる1条から8条(天皇についての記述)と極めて大きな齟齬を示している。日本国憲法の最大の問題点は、「基本的人権の尊重」を謳いながら、1条で国民の権利を定義することなく、天皇を持ってきてしまっていることだ。

さらに、細かい問題が他にもないわけではないが、「憲法違反」ながら進められている、現在の「改憲」論議を目にすると、私の抱く現憲法の問題を解決する方向への「改憲」は、現実味がまったくないと言わざるをえない。逆に自民党に限らず、野党各党も「改憲」を容認し、党是として「護憲」を掲げる政党は日本共産党しかない(党の政策とは異なり個人で強く護憲を指向する議員が野党にはいるが)。かような状況の中では「これ以上悪い憲法を作らせない」意思を明確にするしか現実的な選択肢がない。

このことが、日本政治の今日的最大の困難と不幸である。半数以上の国民は「改憲」の必要性など感じていない。しかし、その意思を投票行動で表そうとすると、政党では、「日本共産党」しか選択肢がないのだ。「護憲」だけれども共産党に好感が持てない人が投票すべき政党が、国政レベルでは存在しない。この異常事態にこそ憲法をめぐる問題の深刻さがある。

◆護憲派リベラルかのように振る舞う「隠れ改憲派」の危険性

また、一見「護憲」と思われるような名称の団体や個人が、じつは「隠れ改憲派」であったりするから、油断がならない。以前本コラムでご紹介したが、「マガジン9」というネット上のサイトは「護憲」ではない。ソフトな護憲派のような立ち振る舞いをしていて、その実「改憲派」が跳梁跋扈するのが2018年の日本だ。山口二郎、高橋源一郎などは同様に「護憲」と勘違いされるかもしれないが、その発言を詳細に分析すると「改憲派」であることを見て取ることができる。池上彰、佐藤優も同様だ。

政界だけでなく、言論の世界でも「護憲」を明確に主張する人は減少傾向にある。そして一見「リベラル」、一見「護憲」に見せかけて息巻く人の多くが「隠れ改憲派」である事実。この危険性は再度強く指摘しておきたい。

◆あらゆる改憲議論を無視すること

では個人レベルでどのような対抗策が考えられるか。前述の通り現在交わされている「改憲」論議は、その前提からして、無効なものであるのだからか、相手のリングに乗らないこと。すなわち「あらゆる改憲議論を無視」することだろう。政党、市民団体を問わず、明確に「護憲」を掲げる集団以外との憲法論議は、前提からして底が抜けているのだから、一切応じないことである。いま政治・言論界に求められているのは「平和主義」、「国民主権」、「基本的人権の尊重」を堅持する『護憲原理主義(護憲ファンダメンタリズム)』と言ってよいだろう。

現政権に領導されるすべての「改憲論議」は憲法違反であり、私は『護憲原理主義』を主張する。

◎[参考資料]日本国憲法全文(1947年5月3日施行)(国立公文書館デジタルアーカイブより)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)
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京大「タテカン」撤去と朝鮮半島和平のコントラスト

 
2018年4月28日付毎日新聞

〈京都大は5月1日から、本部がある吉田キャンパス(京都市左京区)の周囲に学生が設置した立て看板の規制に乗り出す。京都市から昨年10月、屋外広告の条例に違反するとして文書で行政指導を受け、構内の指定場所以外は設置させない方針に転換した。「タテカン」は学生文化として許容されてきた側面もあり、「形式的」「自由の学風に反する」と反発の声も上がる。〉(2018年4月28日付毎日新聞

いよいよ、その時がやってきたようだ。京都大学が大学の周囲に向けて、学生が並べている「立て看板」(通称「タテカン」)を京都市の条例を根拠に、排除の動きに出るらしい。月に一度京大の様子は通りすがりに観察しているが、今月の初頭までさしたる変化はなかった。さて、5月1日以降はどうなるのであろうか。この問題は本コラム並びに鹿砦社LIBRARYの拙著『大暗黒時代の大学』のなかでも比較的詳しく取り上げている。興味おありの方はご覧いただければ幸いだ。

◆「タテカン」規制で消滅する学生の自由

どうして何十年も前から、常時そこにあった「立て看板」を京都市は「屋外広告の条例」を根拠に問題にしだしたのか? それは京大の当局が、すでに大幅に後退している「学生の自由」の完全消滅を目指し、管理体制の強化を図っているのが根底の原因である。京都大学には熊野寮、吉田寮といった「自治寮」があるが、京大当局は吉田寮に対して、一方的に「新たな寮生募集の禁止」と寮の一部改築を通達している。これも、学生自治の拠点である「自治寮」を潰したいとの本音の現れだ。

そして、要注意なのは京大当局が「学生自治」をテーマや問題にする立て看板だけではなく、あまねく学生が作成した「立て看板」を規制しようとしていることだ。毎日新聞の記事にある通り、京大周辺には様々な団体の立て看板が林立しているが、そのほとんどは演劇や、落語サークルだったり、体育系クラブの立て看板で、政治色を帯びたものは全体の1割にも満たない。しかし、それすらも京大当局にとっては「容認しがたい」のだろう。

「しかし市は、コンビニエンスストアなどの看板も場所によって落ち着いた色調に変えてもらうなど、古都の景観保護に力を入れており、『京大も例外ではない。市内の他の大学で違反はない』と説明する」と真顔で語っている。

京都市の役人にとっては、商業施設の広告と大学の学生による表現活動の違いが、まったく理解できないようだ。コンビニやマクドナルドは「商売」だろうが! だから世界中で京都市だけがマクドナルドは看板の色を変えたんじゃなかったのか。学生の表現活動と企業の広告との区別がつかない。もうこんな低レベルな行政が京都市ではまかり通るようになってしまったのだ。

 
朝鮮半島地図

◆「朝鮮半島の非核化」を喜ばない隣国の歪み

時あたかもお隣の朝鮮半島では、多くの人が予想だにしなかった「平和」に向けての流れが勢いを増している。「〈京大〉「立て看板」撤去へ 市「条例違反」で指定外ダメ」との毎日新聞記事が配信された前日には、南北の首脳会談が板門店で行われ、韓国のテレビは1日中その様子を生中継し、「平和」、「戦争を終わらせる」との言葉が伝えられるたびに市民は喜びに沸いた。朝鮮が独裁国家であろうと、過去にあれこれ問題を起こしていようと、「朝鮮半島の非核化」は慶賀に堪えないニュースであり、それが実現し、さらには南北首脳が統一を指向する同意に至ったことは、とてつもなく喜ばしい報せだ。

他方日本では、「自由な学風」といわれた(あえて過去形で書く)京大で、学生自治の最終破壊が画策されている。大学法人化して以降の国立大学や、公立大学では「学問」よりも、「経営(経済)」のが高い価値を占めるようになった。これからますますその傾向は強まるだろう。文科省は既に私立大学の破綻を見込んで、地方ごとに国立大学法人を中心とした大学のブロック化(大学の合併)を進める案を表明している。

そこには「学問」とはいかにあるべきか、「大学の果たすべき本質的な社会的な役割は何か」といった哲学は微塵もない。大学を「企業」同様に考えてその「経営」の効率化だけを目指そうとしている。それが文科省であり、多くの大学の今日の姿だ。

それにしても世の中には「金では買えない」価値があることを、京大当局や、京都市は気が付かないのだろうか。京都は国内外からの観光客でにぎわっているけれども、京都の歴史や遺産は「金」で創造できるだろうか。大学が狭い地盆地に集まる、京都独自の「学生文化」は経済活動に置き換えることができるだろうか。どれだけの頭脳を京都大学が輩出してきたか、それの背景にはどのような学風があったのか、を一顧だにしない京大執行部や京都市は、「経営者」としても失格であることが、近く証明されるだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)
『NO NUKES voice』15号〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか

覚えていますか? 痴漢やレイプ、少女ヌードにまで寛容だった少し前の日本

女性記者に対するセクハラ発言の疑惑を報道された財務省の事務次官が辞任した。事務次官本人は疑惑を否定しているが、今のご時世、セクハラ発言は官僚のトップの首が飛ぶような重罪だということだ。

そんな中、私はふと自分が20代、30代だった頃のことを思い出し、「少し前の日本は今では信じられないくらい様々なことに寛容だったなあ…」と感慨にふけってしまった。

というのも、「今やればアウトだが、少し前なら全然OKだった」ということは、歩きタバコや犬の放し飼いなど色々あるが、ワイセツ関係のことに目を向けても、痴漢やレイプ、少女のヌードに至るまで、かつての日本は様々なことに驚くほど寛容だったからである。

◆レイプを〈悪〉として描いていなかった日本映画

 
東映ビデオのVシネマ「痴漢日記」

たとえば、痴漢。今は卑劣な行為の代名詞のように思われているが、少し前まではそうではなかった。もちろん痴漢は昔から犯罪ではあったが、東映ビデオが製作していたVシネマの「痴漢日記」や「新痴漢日記」のシリーズには、全国放送のテレビドラマに出るような有名俳優が普通に出演していたものである。それはきっと痴漢を肯定的に描いた作品に出演しても、イメージが悪くなることはなかったからだろう。

レイプもそうだ。現在、15歳の時に輪姦された女性の実話が映画化された「私は絶対許さない」が公開中だが、今はレイプを映画の題材にする場合、このように絶対悪として描いた社会派作品ではないと許されないのではないかと思われる。

しかし、ひと昔前の日本映画では、田中裕子主演の「ザ・レイプ」という社会派の作品もあるにはあったが、むしろレイプを悪と認識していないような描き方をした作品のほうが圧倒的に多かった。たとえば、「極道の妻たち」シリーズや「鬼龍院花子の生涯」、「瀬戸内少年野球団」などのことを私は言っているのだが、「ああ、そういえば・・・」と思い出された方も少なくないはずだ。

◆宮沢りえの『サンタフェ』は氷山の一角

 
宮沢りえの写真集『サンタフェ(Santa Fe)』(1991年11月朝日出版社)。撮影は篠山紀信。発売当時、宮沢は18歳だった

さらに私が思い出すのは、つい少し前の日本では、街中で小さな女の子の裸を見かける機会も決して珍しくなかったことだ。私が中学生くらいの頃には、コンビニで小さな女の子が裸になっているようなビデオが当たり前のように棚に並んでいたものだ。また、テレビドラマや映画で子役の女の子が全裸で入浴しているシーンもちらほら見かけたものだ。

数年前に児童ポルノが単純所持も処罰対象になった際、宮沢りえが10代の頃に撮影されたヌード写真集『サンタフェ』を所持していた場合はどうなるか・・・・・・ということが話題になったが、あれは「氷山の一角」だ。昔はむしろ、18歳未満の女優やアイドルがヌード写真集を出したり、映画で脱いだりするのは当たり前だったからだ(ちなみに宮沢りえがサンタフェの撮影を行ったのは18歳の時だったそうだ)。

名前を出すことは自主規制しておくが、現在50代後半以上の有名女優たちの中には、高校生くらいの年齢の頃に映画で脱いでいる人は少なくない。今は逆に30代で水着のグラビアをやっている女性タレントが珍しくない時代だが、世の中は随分変わったものである。

くだんの財務省の事務次官は、女性記者に「胸触っていい?」とか「手縛っていい?」などというセクハラ発言をした疑惑を報じられ、辞任せざるをえなくなったが、この疑惑が事実だという前提に立てば、「やむをえない」と思うのが今の日本人の一般的な倫理感覚だろう。

しかし、80年代や90年代くらいの日本人がもしも今の日本にタイムスリップしてきたら、「なぜ、それくらいで?」と首をかしげるのではないだろうか。あるいは、逆に今の若者が80年代、90年代にタイムスリップすれば、街中で普通に少女のヌードをみかける様子を見て、日本人のモラルの低さに驚くのではないだろうか。

霞が関のセクハラ騒動を眺めつつ、ふとそんなことを考えた

▼片岡健(かたおか・けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

南北首脳会談と存在感ゼロの安倍外交 アメリカにお願いするだけなのか?

 
2018年4月16日付聯合ニュースより

明日27日に南北首脳会談が行なわれ、史上初の米朝首脳会談も日程にのぼる。首相案件のモリカケ疑惑、財務省次官のセクハラとその居直り辞任、そして防衛省の日報隠ぺい事件と、満身創痍のなか渡米して、トランプ大統領との親密さをアピールした安倍総理だが、かえって国際政治での存在感のなさを露呈してしまった感がある。北朝鮮拉致問題を米朝首脳会談で議題にしてほしいという以外に、何らの成果もみられないからである。日米間で懸案となっているのは、辺野古新基地建設問題とそれに付随するヘリコプターの相次ぐ墜落事故、あるいは日米地位協定の改善のはずだが、議論すらできなかったのである。

アメリカ大統領と仲が良い、いっしょにゴルフをする、別荘で夫婦ともども会食をした。したがって日米同盟は緊密なものとなった、米朝会談にさいしてのお願いもした。これがすべてであって、逆に日米間貿易では二か国協定を強いられる始末なのだ。これで国益を主張した成果と言えるのだろうか。さらにいえば、このかんの北朝鮮の対話路線による東アジアの外交環境の変化に、わが国は何ら積極的な提案ができないばかりか、まったくのアメリカ頼みなのである。そもそもわが国に、国際社会に対応する政権と呼べるものがあるのか、疑わしくなってくるというものだ。

それにしても、恐るべきは北朝鮮・金正恩委員長の外交攻勢である。この6年間の核開発・ミサイル実験のすべてが、雪崩を打つような対話路線・外交攻勢のためにあったのだとしたら、底知れない周到さを感じさせる。思いつきだとしたら、天才的な政治センスである。米中超大国を動かし、世界を驚嘆させているのだから――。

中央委員会総会の発言では、朝鮮戦争の終結・平和条約の締結まで視野に入れているのだ。たしかに過去の北朝鮮の瀬戸際外交をみれば、今回も偽装された対話路線なのかもしれないと、われわれに思わせる。にもかかわらず、韓国の文政権はもろ手を挙げ首脳会談を歓迎し、トランプ大統領も中間選挙を見すえた点数稼ぎの面があるにせよ、これまた大歓迎を表明している。

とりわけ、北朝鮮の核実験場の閉鎖およびミサイル実験の停止を、韓国とアメリカは大歓迎している。しかるに、わが安倍総理はといえば、トランプのツイッターの「大歓迎」「大きな前進だ」を受けて「北の方針を評価する」と、これまた追随としか思えない反応で受け容れたのである。それ以外は「制裁の継続」という、何もしない方針なのである。何か揺さぶりをかけるとか、対話を申し入れるとか、もっと策があってもよいはずではないか。

22日の拉致被害者家族会が都内でひらいた国民大集会に出席して「南北、そして米朝首脳会談の際に、拉致問題が前進するよう私が司令塔となって全力で取り組んでいく」と決意を述べたが、その内実がトランプへのお願いに過ぎなかったことも、安倍においては恥じるところがない。

安倍は「この問題を解決するために、ぜひとも協力をしてもらいたい。いかにご家族が苦しい思いをしているかということを申し上げました。トランプ大統領も身を乗り出して、私の目を見ながら真剣に聞いてくれました。そして、米朝首脳会談で、拉致問題を提起する。ベストを尽くすと力強く約束をしてくれました」と明言したが、結果が得られなかったときは、トランプに責任を問うのであろうか。

さらに「今後一層、日米で緊密に連携しながら、すべての拉致被害者の即時帰国に向け、北朝鮮への働きかけを一層強化していく考えであります。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領とも先月16日に電話会談を行い、拉致問題の解決に向けて協力していくことで一致しております。また先般来日をした(中国の)王毅国務委員に対し、私自ら中朝間でのやり取りにおいて、拉致問題を取り上げるように働きかけを行ったところであります」とは言うものの、北朝鮮との対話をする気はないのである。安倍は以下のように言う。

「北朝鮮とは対話のための対話では意味がありません。拉致被害者の方々の帰国につながらなければなりません。そうした観点から、引き続き北朝鮮に対し、そして中国やロシアに対しても拉致問題の早期解決に向けて協力を要請し、すべての拉致被害者の一日も早い帰国の実現に向け、あらゆる施策を講じてまいります」と、要するに「あらゆる施策」のうちに、北との直接対話は含まれてないのだ。まことに不思議というほかはない。

極めつけはこうだ。「この日米首脳会談の共同記者会見においては、米国でもCNN等で全国にライブで放映されるわけであります。そしてそれは北朝鮮の人々も見ている。まさに世界に向かって米国の大統領がこの問題を解決をする、被害者を家族のもとに返すということを約束をしてくれたと思います」すべてはトランプ頼みなのだ。そして「CNNを北朝鮮の人々が見ている」などと、妄想まで飛び出す始末だ。政治は結果である。ここで結果を出せなかった場合、安倍はもはや後継にバトンを渡すべきであろう。

横山茂彦(よこやましげひこ)著述業・雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社ライブラリー/5月11日発売)。

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する

朝鮮核放棄宣言 散々嘘をついてきた独裁者は、金正恩か? 安倍晋三なのか?

〈北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会が4月20日、開かれ、21日から核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射を中止し、北部の核実験場を廃棄することを決定した。
 また、朝鮮半島の平和と安定に向け、周辺国や国際社会と緊密に連携、対話していく方針を打ち出した。朝鮮中央通信が21日、伝えた。金正恩党委員長は、核開発と経済建設を同時に進める「並進」路線について、「国家核戦力の建設が完璧に達成され、貫徹された」と宣言。「今や、いかなる核実験も中・長距離、大陸間弾道ミサイルの試射も必要なくなり、核実験場もその使命を終えた」と強調し、社会主義経済建設に総力を集中する新たな戦略路線を表明した。
 これを受け、トランプ米大統領はツイッターで「大きな前進だ。(米朝)首脳会談が楽しみだ」と評価。安倍晋三首相は記者団に「前向きな動きと歓迎したい。核・ミサイル開発の完全、検証可能、不可逆的な廃棄につながるかどうか、しっかり注視したい」と語った。〉(時事通信2018年4月21日付)

「いままで散々嘘をついてきたから信用できない」
「ポーズですよ。ポーズ」
「はたして真意はどこにあるのんでしょうか?」

大マスコミから、市民まで朝鮮の「核」に関する態度の急変に驚きや、不信感を抱いておられる方は少なくないだろう。しかし、私はこのような選択肢もありうるであろうことを従前から予想していた。

その理由はこの島国での、報道だけ見れば朝鮮は、あいも変わらず話の通じない「無法な国」のような印象を受けるけれども、朝鮮国内には欧州から相当の投資がすでに行われており、中国やベトナムがたどってきた「解放・改革路線」と同様な変化が見て取れたこと(朝鮮国内でいちばん流通している外貨は「ユーロ」だ)。

そもそも「核兵器」を作ると豪語したところで、朝鮮が保有している(または作り出すことのできる)プルトニウムの量は、日本に比べてもごくわずかであり、核弾頭計算で数発分にしかならないこと。さらには、朴槿恵退陣直前に外交委員会を再開し、本格的な外交の準備を整えつつあったこと。そしてなにより、正確な金額は明確にされていないけれども、朝鮮の国家予算は「島根県」程度であるとの複数筋からの情報に基づけば、朝鮮が自滅覚悟の戦争を選択しない限り、外交に打って出るのは自明ですらあったからだ。

お仲間の去就が激しホワイトハウスに比べれば、独裁国家朝鮮の政治基盤は揺るぎない。外交委員会と金正恩が「路線転換」を宣言すれば、たちまち態度をかえるのは簡単なことだ。

なにより歓迎したいのは、実際は大した問題ではなかった「核・ミサイル」の放棄よりも、朝鮮が「平和」を明言し外交を展開しだしたことだ。古い話は忘れたい読者もおられようが、そもそも朝鮮半島が南北に分断された責任は日本にある。大韓民国には「不平等条約」ながらわずかな戦後賠償をしたけれども、日本は朝鮮に対して侵略・占領の賠償を1円も行っていない。

◆2002年小泉―金正日会談で交わされた「日朝共同宣言」

外交は「善意」で成立するものではないことを承知のうえで、私は日本から朝鮮に正式な国交樹立と賠償の支払いを提案すべきだと考える(昨今の論調にあっては「何を北朝鮮の肩を持って!」との批判が聞こえそうだが、2002年小泉―金正日会談で交わされた「日朝共同宣言」には明確にその方向が示されている)。ご存じない方が多いだろうからその全文をこの際、紹介しておこう。

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《日朝平壌宣言》

小泉純一郎日本国総理大臣と金正日朝鮮民主主義人民共和国国防委員長は、2002年9月17日、平壌で出会い会談を行った。

両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。

1.双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。
 双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した。

2.日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。

3.双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。

4.双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。
 双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした。
 双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。
 朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した。

 双方は、安全保障にかかわる問題について協議を行っていくこととした。

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この文章には小泉純一郎と金正日が署名している。歴史経緯を考えれば至極当たり前、基礎的な合意に過ぎない。それが吹っ飛んで「制裁!制裁!」と朝鮮を極悪国のように意識づけたこの間の国際世論、とりわけ日本政府・マスコミは真摯に反省し、「平和」と南北統一に向けて少しは働いたらどうだろうか。朝鮮問題に限らず、常に米国追従の外交姿勢の破綻は、今回の「日本はずし」でだれもが認識しただろう。自らの意思を持てないもの(個人・国家)は、まともに他者から相手にはされない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する
〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか 『NO NUKES voice』15号

財務省・福田淳一事務次官と新潟県・米山隆一知事に見る男のケジメのつけかた

◆財務省・福田淳一事務次官の居直り「辞任」劇

女性ならずとも、誰もが事態の推移に憤慨し、はらわたが煮えくり返るのを感じているのではないだろうか。財務省・福田淳一事務次官の居直り「辞任」劇である。週刊誌にみっともないセクハラ会話「何カップなの? 胸に触っていい?」「やめてください」「好きになったので、抱きしめていい?」「手を縛っていい?」「いやです」「キスしていい?」「ダメ」などをすっぱ抜かれ、いさぎよく認めるどころか「自分の声かどうか、録音なのでわからない」「あんなひどい会話をした記憶はない」などと言い逃れる。そのいっぽうでは「全体をみてくれ、あれはセクハラではない」と、なかば女性記者との会話をみとめているのだ。ここはもう、錯乱しているとしか言いようがない。

◎[参考動画]“胸触っていい?”「財務省トップ」のセクハラ音声(デイリー新潮 2018/04/12公開)

そして挙句の果てに「マスコミ取材がこういう状態なので、業務を遂行できない(お前らのせいで仕事にならん!)」と、職を投げ出したのである。みずからのセクハラ疑惑で報道騒動を起こしておきながら「お前らのせいで仕事ができない」のである。辞任は懲戒ではなく普通退職なので、多額の退職金が支払われる。そして「引き続き裁判で訴えるつもりだ」などと、訴訟を匂わせながらの会見も、おそらく民事裁判には踏み切れないだろう。ようするに、取材から逃げて事件を曖昧化することで、みずからの世間知らずな「プライド」を守りきったのだ。一般人になったからといって、セクハラの事実が消えるわけではないのを、思い知るべきであろう。

◎[参考動画]女性記者へのセクハラ疑惑の福田次官辞任会見(東京新聞2018/04/18公開)

◆世界に恥をさらした財務省

それにしても問題なのは、財務省の世間の常識と感覚からおよそかけ離れた人権意識である。誰の耳にも明らかな「事実認識」のために、セクハラ被害者に名乗り出るようもとめ、しかもその相談先が財務省の顧問弁護士事務所なのである。顧問弁護士が雇い主である財務省に忠実であろうとすれば、被害者を誤動するか、もみ消す方向に導くにちがいない。いや、そもそもセクハラの恥辱と恐怖で傷ついている被害者に「名乗り出るのがそれほど苦痛なことか?」(矢野康治官房長の国会答弁)、「相手のある話でしょ。むこうが出てこないと、福田にも人権はある」(麻生財務大臣)などと言い放つありさまだ。省庁の中の省庁、財務省が世界に日本の恥をさらしていることに、まだ気づいている様子はない。「何が何だかわからない」「異常な事態だ」(放送局の取材に答えた財務省幹部)というのだから――。野田聖子総務大臣(女性活躍担当大臣・男女共同参画特命担当)の「財務省は国際的な人権感覚をわかっていない」という批判に耳を傾けるべきであろう。

◆米山隆一新潟県知事は辞める必要はあったのか?

いっぽう、米山隆一新潟県知事は女性との交際が問題だと週刊誌に書かれ、金銭のやり取りがあったと辞任した。この辞任劇については、ちょっと不思議な気がする。米山知事は独身なのである。女性との付き合いは、いわば婚活ではないだろうか。

東大医学部で医師免許を取得するいっぽうで、司法試験にも合格する秀才であって、モテないのも不思議なことだが、ネットで知り合った女性と会っていたという。その場で「わたしを好きになってくれ」と気持ちをこめて金銭を渡したことから、売買春の疑義が飛び出したというわけだ。おカネを出すからホテルに行こうと呼びかけたわけではない。いったい何が問題だったのだろうか。そもそも婚姻制度とは性生活の安定であり、経済システムとしては買売春と変わるところがない。セックスと経済的な結びつきでによって、夫婦は成立しているのだから。

◎[参考動画]「歓心を買うため」“買春”報道で米山知事が辞職願(ANNnewsCH 2018/04/18公開)

たしかに政治家は清廉潔白を求められるかもしれないが、米山氏は女性にカネを渡して「おれの女になれ」と言ったわけではない様子だ。くり返すが、彼は独身である。不倫でもないのだ。問題があるとしたら、相手の女性に男がいて、強請りのようなシチュエーションになったのは想像に難くない。それならば被害者的な側面すらあるではないか。

おなじく女性問題でミソをつけたエリートで、いっぽうは自分の罪を押し隠し「一般人」になることでマスコミと世間の追及から逃れようとする財務省のトップ。かたや選挙に4度も落ちた苦労人で、原発再稼働に待ったをかけた政治家の下半身問題でのあまりにも不思議な潔さ。デジ鹿の読者のみなさんは、これらの事態に何を感じただろうか。

◎[参考動画]新潟県 米山知事が辞職 会見の中身は(PRIDE OF NIIGATA 2018/04/18公開)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
著述業、雑誌編集者

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する
『NO NUKES voice』15号 米山隆一新潟県知事講演録=原子力政策と地域の未来を問う

開港阻止闘争から40年目の成田(三里塚)空港〈6〉休戦協定

◆国民の4分の1が開港に反対だった

管制塔占拠――開港阻止は、あまねく国民に三里塚空港の問題点を伝えた。議会は実力による開港阻止を批判し、ほぼ全会一致で暴力的反対運動を退けるために成田治安立法を決議した(青島幸男議員が反対)が、マスコミによると国民の4分の1が農地を空港にすることに反対だった。問答無用の土地収用、地域社会・共同体の破壊につながる空港が本当に必要なのか、国民的な議論が沸き起こった。空港問題を国民に知らしめただけで、3.26闘争の意義は大きかったといえよう。

戦前・戦後をつうじて、反政府の大衆運動がまがりなりにも警察権力に勝った、初めての闘争でもあった。岸内閣を倒した名高い60年安保闘争も、警備当局を驚嘆させた10.8羽田闘争(佐藤ベトナム訪問阻止)、東大闘争をはじめとする諸大学の全共闘運動も、「具体的な勝利」の地平を切りひらいたものではない。60年代後期の大学闘争では佐藤政府の介入で反故にされたものの、9.30断交で理事会を辞任させ、諸要求を勝ち取った日大闘争が唯一のものであろう。その意味では、60年代・70年代闘争のうっ憤を晴らす快挙だった。


◎[参考動画]1978.3.26 三里塚 成田闘争 管制塔占領事件(rosamour909 2010年5月13日公開)

◆財界による和解調停 ── 桜田武の手紙

いっぽうで、政治的な駆け引きもはじまった。地域的とはいえ、改造トラックやダンプカーが機動隊を蹂躙し、鉄筋コンクリートの要塞からは鉄筋弾が飛びかう。そして管制塔が占拠されたことで、和解への道がさぐられた。それは政府においても、空港反対派においても同様だった。闘争には妥結という果実が必要であり、相互絶滅にいたる闘争の展望を語る者は、おそらく共産主義革命という究極目標を措定したのにほかならない。いや、共産主義革命を標榜する者たちにおいてすら、革命のための陣地を確保すること。すなわち勝ち取った地平を、交渉において確約させることが必要だった。それは具体的には、三里塚空港二期工事の凍結という確約にほかならない。

最初にうごいたのは政府ではなく、財界と労働界だった。

総評の富塚三夫事務局長と福永健司運輸大臣が会い、話し合いの糸口を探ろうとした。それはしかし、とりあえず反対同盟内の社会党員と話をつなごうとする、形ばかりのものにしかならなかった。

 
桜田武=元日経連名誉会長、元日清紡績社長(1904年3月17日生~1985年4月29日没)

本気で和解――休戦協定への糸口をさぐっていたのは、財界人と影響力のある組合活動家である。財界からの接触をうけた長崎造船労組の西村卓司は、反対同盟の幹部に接触し、戸村一作委員長との面談を希望した。そのさい、西村は反対同盟の強硬派(絶対反対派)の幹部と会って、戸村との会見を取りようとしたのだ。西村は総評労働運動の最左派に位置する老練な活動家で、役回りとしてはこの人しかなかった。財界側は日経連専務理事(当時)の桜田武だった。

桜田武の手紙はこんな書き出しで始まる。

「西村卓司様                 桜田武

先般は御面識の儀を得て小生としても心おきなく意見を申し上げ、又戸村さんはじめ皆様のご意見を承はる事が出来大変に有難く且うれしく存じ候。其後福永健司大臣と一夕懇談仕りご要望の点等傳えて進言仕り候も思ふに任せず残念に存じ候。要するに政府12年に亘るやり方の不誠意にある事は明らかと存じ……」

この手紙を受けた西村は、開港阻止闘争の主力党派だった第四インターの政治局員・今野求に電話を入れた。会合したのは成田現地だった。そこで話されたのは、桜田武と土光経団連会長ほか、財界のトップが交渉に出席するので、戸村一作委員長の出席をお願いしたいと。戸村委員長の説得には時間がかかった。戸村委員長は清廉の士であり、裏交渉などという「政治」が嫌いな人である。

 
戸村一作=三里塚芝山連合空港反対同盟委員長(1909年5月29日生~1979年11月2日没)

最後は「戸村さん、2月の要塞戦を含め3.26闘争で若者たちが何百人も逮捕され、大怪我した者、死にそうな者もいる。管制塔は破壊されて、3月30日の開港は粉砕された。この後、敵の大将と掛け合って5月20日開港を止めるのは戸村さんあなたがやって下さい!」という言葉が決定的だったという(「3.26直後の財界の休戦申し入れ顛末」柘植洋三)。

財界側は桜田武(日本経済団体連合会専務理事)・土光敏夫(日本経済団体連合会頭)・中山素平(興業銀行頭取)・今里廣記(日経連広報委員長)・秦野章(参議院議員)・五島昇(日本商工会議所会頭)。このうち二人は海外だったが、国際電話で直結されていた。当時の財界のフルスタッフがそろっていたわけである。

桜田武が発言した。

「そもそも、成田問題がこのようにこじれているのは、政府の12年にわたる不誠実に問題がある。成田はこのまま開港しても、天皇陛下が外国に行幸される際に使えるものではない。三池問題など戦後の大問題は、最後はわれわれ財界が始末を付けてきた。暗礁に乗り上げている成田問題も我々が、打開策を政府に提案したい」これに対して戸村委員長は、席上の相手を見据えて「話し合いなど必要ない、実力闘争あるのみ」と、政府の理不尽を糾弾した。

 
戸村一作『わが十字架・三里塚―自己変革論』(1974年教文館)

会談は二回行われ、以下のことが合意された。

・政府は予定している5月20日開港を一年間延期する。
・一年間の休戦をする。その間、双方は共に実力行動を留保する。
・その間に双方の合意がなければ、一年後には戦闘再開。
・財界はこの条件を福田内閣に受け入れさせるために、運輸大臣に会見する。

財界としては、反対派との交渉のイニシアチブを握ることで福田総理の退陣をもとめ、空港問題の暫定的な解決をはかろうとする意図があった。それは膠着した空港問題の解決をはかるとともに、財界の存在感を世間にしめそうとするものでもあった。

いっぽう三里塚現地では、30をこえる支援党派・団体が共同声明を発表し、5月20日の出直し開港が強行されれば、3.26を上まわる闘いで粉砕すると警告した。5月10日のことである。そして同じ時刻に、戸村委員長が福永運輸大臣と会っているとの情報が入った。戸村・福永会談をセットしたのは、千葉日報の社長と自民党の成田空港建設促進委員長だった。(つづく)


◎[参考動画]三里塚空港・開港阻止決戦 1978.3.26 包囲・突入・占拠(anzen bund 2014年2月16日公開)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
著述業、雑誌編集者。3月横堀要塞戦元被告。

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する
〈3・11〉から7年 私たちはどう生きるか 『NO NUKES voice』15号